2012年1月11日水曜日
だれかとつながりあうための言葉
『舟を編む』(三浦しをん/光文社)を読了。
本屋で早くから目にはしていたが、どんな内容?といぶかっていた一冊。
ある時、新聞広告で辞書編集の話だと知って、興味をもって買い求めた。
* * *
何てことない一節だが、親代わりに育ててくれた祖母の声を聞いたようにも感じた。
〝「おや、つらそうですね」
馬締は顔を上げ、資料の山越しに岸辺をうかがってくる。
「そういえば、昨夜はずいぶんめれんに見えました」
「なんですか、めれんって」
「ご存じなければ、辞書を引くといいでしょう」〟
知らない言葉はすぐに辞書を引くよう、幼き日から何度祖母に言われたことだろう。なのに、分からないことは何でも手軽にネットで調べてしまう私。
* * *
さて、『舟を編む』は「大渡海」という辞書を編集していく人々の物語。
新たに辞書編集部に配属された馬締光也に、上司・荒木公平は辞書の名に込めた思いを語りかける。
〝「辞書は、言葉の海を渡る舟だ…
ひとは辞書という舟に乗り、暗い海面に浮かびあがる小さな光を集める。
もっともふさわしい言葉で、正確に、思いをだれかに届けるために」〟
* * *
荒木の仕事を引き継ぎつつ、馬締は監修の松本先生と「大渡海」の完成を目指す。
言葉の採集、カード作り、学者への記述発注や交渉、紙の選定などかなり細かく描き込まれている。
何としても編集者間で語釈を闘わせる場面など、なかなか読ませる。
* * *
後に馬締の部下となった岸辺は、辞書編集に携わる中で変化していく。
〝辞書づくりに取り組み、言葉と本気で向き合うようになって、私は少し変わった気がする…言葉の持つ力。傷つけるためではなく、だれかを守り、だれかに伝え、だれかとつながりあうための力に自覚的になってから、自分の心を探り、周囲のひとの気持ちや考えを注意深く汲み取ろうとするようになった〟。
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最近まで『呪いの時代』(内田樹)を読んでいたが、いま本当に必要なのは、上記の「傷つけるためではなく、だれかを守り、だれかに伝え、だれかとつながりあうための」言葉なんじゃないのか、そんなことを思わされる。
『新明解国語辞典』第七版が出たようなので、本屋で手触りやインクの匂いを確認し、編集者たちの苦労の一端でも感じ取ってみよう。
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因みにこの本の装幀は、作品中に描かれた「大渡海」の装幀を写しだしているとのこと。
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